事前学習
医療安全と心理学
手術で患者を取り違えた事故
ここで取り上げる事例は、日本で医療安全への取り組みのきっかけになったと言われる医療事故である[1]。患者さんを間違え異なった手術をしてしまったという、衝撃的な事故であり、知っている方も多いであろう。この医療事故は、ヒューマンエラーについて考えるのに適した事例でもある。1999 年にY 病院で起こった手術の取り違え事故である。心臓の手術を予定していたA さんと肺の手術を予定していたB さんがちょうど同じ時間に手術室に運ばれることになったのだが、2 人の患者さんが取り違えられてしまった。本来心臓の手術をすべき心疾患のあるA さんがB さんの手術室に連れていかれ肺の手術をされ、本来肺の手術をすべきだった肺疾患のB さんがA さんの手術室に連れていかれて心臓の手術をされてしまったのである。医療の場合、手術をしたけどうまくいかなかったというのはあり得ることであるが、患者さんを間違えて本来とは異なる手術をしてしまったということであるから、衝撃的な出来事だったのである。
事故報告書(詳細がWeb 上に掲載されていたが、現在は簡単な内容の掲載となっている)[2] をもとに、当時の状況を振り返ってみたい。ただし、複雑なところもあったため、少し簡略化させてもらって説明することにご容赦願いたい。
違う患者さんに声かけ
その日、午前9時から2人の患者さんの手術が予定されていた。A さんとB さんである。
A さんとB さんはそれぞれストレッチャーに載せられ、看護師のC さんがひとりで2人のストレッチャーを押して、手術室のホールに向かった。このホールで手術担当の看護師に患者さんを引き渡し、各手術室に向かうことになっている。
「B さん、おはようございます」。声をかけたのは、このホールで受け渡しを担当する看護師D さん。ただ、声をかけたのはB さんに対してではなく、A さんだった。ここで、間違いの引き金が引かれた。
「B さん、眠れましたか?」さらにD 看護師は声をかけた。声をかけられたA さんは「はい」と答えた。「B さん」と声かけられたAさんが、「はい」と答えたのだ。B さん担当の手術室の看護師が2人いたが、このような状況を見て、B さんと声かけられた患者さん(実はA さん)をBさんだと思ってしまった。
異なる手術室に連れていかれた
手術室の看護師は、患者のA さんともB さんとも実は面識がなかったので、この状況でそう思うのは当然であった。こうして、A さんは、B さんだと間違われてB さんの手術が行われる手術室に連れていかれた。
A さんと同時にストレッチャーでホールまで連れてこられていたB さんがまだホールで待っていた。A さん担当の手術室の看護師も2人いたが、2人とも、待っていたB さんがA さんだと思っている。手術室担当の看護師は面識がないのだから当然である。
「A さん、寒くないですか?」A さんの手術担当の看護師が声かけた。
「暑くはないねぇ」と答えたのはB さん。「A さん」と声かけられたのだが、それを否定することなく、会話が流れた。こうして、B さんがA さんの手術室に連れていかれた。
何が問題だった?
このあと、手術室でどうなったか気になるところであるが、とりあえず、ここまでで整理しておきたい。
患者を取り違えるということは、ヒューマンエラーである。ここで何が問題であったかを考えなければならない。ここでの問題というのは、誰が悪かったとかいう責任問題ではない。なぜヒューマンエラーが防げなかったのかである。ヒューマンエラーというのは必ず生じてしまう。それは人間だから仕方がない。ヒューマンエラーの防止のために、何が問題であって、その問題を解決するにはどうすればいいのかという課題を抽出することが大事である。
思い込みで人を取り違えた
この事例の場合、受け渡し担当の看護師D さんが、患者のA さんとB さんを間違えて声をかけてしまったことが問題の発端である。目の前のA さんをB さんだと思い込んでしまっていたのである。ヒューマンエラーではよく出てくる「思い込み」である。このとき、看護師のD さんがもっとしっかりして、注意深くしておけばよかったのにと思ってしまう。しかし、ここでDさんを責めてはいけない。同じ立場にあなたが立ったときに、D さんと同じような間違いをしてしまう可能性は否定できない。誰でも間違う可能性はある。ここでD さんを責めたところで、解決につながらない。
このとき本人は誤っていることに気づいていない。気づけないのである。
確認が不十分だった
どうすればいいかはあとで話をすることにして、これまでの状況の中での問題点をもう少し考えておこう。D さんの間違いの発端の後、誰も間違いに気づけなかった。なぜ気づけなかったのか。本人かどうかを確認するやり方がまずかったのではないか。
先に記述したように、看護師さんは、患者さんには声かけをしている。「Bさん、おはようございます。B さん眠れましたか?」と声掛けをしたのはD看護師さん。声をかけられたのはA さんだが、自分とは違う名前を呼ばれたのにもかかわらず、「はい」と答えて、自分はB ではないと否定していない。一方、「A さん、寒くないですか?」と声をかけられたB さんも自分とは違う名前を呼ばれたのに、スルーしてしまっている。
せっかく声掛けをしているのだから、それが患者さんの確認になっていればよかった。確認のしかたがまずいのではないか。「〇〇さん」と声かけられ、声かけられたほうは、自分の名前が呼ばれるという構えがあるから、自分の名前とちょっと違うように聞こえたとしても、なかなか「違う」とは言わないし、言えない。
このような状況は確認が十分だったとは言えないだろう。最近は、病院で看護師さんは「フルネームで名乗ってください」と患者さんにお願いをする。自分から自分の名前を言えば、間違うことはない。確認方法としてはかなり確実である。しかし、ここで紹介している事故事例は1999 年の出来事である。当時は患者さんにフルネームで名乗ってもらうという確認方法はあまりとられていなかった。実は、この事例がきっかけとなって、患者さんにフルネームで名乗ってもらうことが広がったのである。
同時に二人を運んだのはいいの?
気になっていると思うが、最初に看護師のC さんが同時に2人の患者さんをストレッチャーで押してきたということも問題ではなかったか。一人の看護師さんが一人の患者さんのストレッチャーを押していくという形をとっておけばよかった。確かにその通りである。同時刻の手術だったとか、人員配置が十分でなかったとか、いろいろな問題があったのかもしれないが、効率よく手術室に患者さんを運ぶために行ったことが問題であったと考えられる。
カルテでの確認は?
手術室には患者さんだけが入るのではなく、カルテも渡される。カルテがストレッチャーと一緒だったら、気づいたかもしれない。確かに手術交換ホールまでは、カルテと患者さんが一緒だった。ストレッチャーの下の籠に入れられていた。ところが、この病院では、手術室には患者さんとカルテは別々に渡される。ストレッチャーの出入口とは別にカルテ受け渡し台というのがあった。
患者さんが手術室に連れていかれたあと、患者さんのストレッチャーを押してきた看護師C さんがカルテ受け渡し台で、A さんとB さんのそれぞれの手術担当の看護師にカルテを受け渡した。つまり、カルテは正しい手術室に運ばれて、患者さんだけが取り違えられたことになったのである。
実は、このとき、重要なことが申し送られていた。心疾患のあるA さんの背中にフランドルテープが貼ってあることを手術担当の看護師さんに伝えていた。フランドルテープというのは、血管を広げ血流をよくする貼り薬で、心疾患の患者さんに貼られる白い四角の貼り薬で、イメージとしては、湿布薬のような形状だと考えればよい。このテープが貼ってあるということは心疾患の患者さんだという手がかりになるのであった。知識がないため気づけなかった
さて、手術室の様子である。B さんが手術する予定の手術室には、A さんが手術台に寝かされていた。麻酔科医は、患者さんの背中に白いテープが貼ってあるのに気づき、それが何のテープかわからないまま剥がしてしまった。Bさんの手術は肺の手術であり、テープが貼ってあることは邪魔であったのだろう。このときに、このテープがフランドルテープであり、心疾患の患者さんが貼るテープだという認識があれば、目の前にいる患者さんはB さんではないと気づいたかもしれない。
ヒューマンエラーが起きたときに、「もしも、あのとき…」と考えるのは実はあまりよくない。気づかなかったことがあったとしても、それはその場面では必然であったと考えなければならない。ただ、あえて、少しここで考えておきたい。実は、この麻酔科医は研修医であって、フランドルテープのことを知らなかったようである。フランドルテープについての知識があれば、気づいたかもしれない。
手術室で気づかなかったのか
手術室には医師や看護師が大勢いる。その中の誰か一人でも気づけば防げたはずである。手術室でも医師や看護師が声掛けをしている。それぞれの手術室では、A さんに対して「B さん」と、B さんに対して「A さん」と声掛けをしているが、二人の患者さんとも、違う名前が呼ばれても否定することはなかった。
ただし、A さんが手術する予定の手術室では、麻酔科医が、A さんと違うのではないかと疑いを持っていた。麻酔科医は手術の前にA さんを訪れていて、顔が違うとの印象を持っていたようだ。さらに、手術室で心機能を測定すると、心臓の手術をする予定だったA さんであるが、改善が見られたのである。そこで、念のため病棟に確認をした。
「Aさんの手術をしている手術室の者です。医師が顔が違うと言っているんですが,Aさんは降りていますか」と手術室の看護師が病棟看護婦に問い合わせた。
「確かに,Aさんは降りています」という返事だった。A さんが降りているということは、眼前にいるのはやっぱりA さんなのかということになった。心機能の改善も、麻酔のために生じうる可能性もあると考えられた。
後になってみれば、A さんが降りてきているというだけで、確認できたと考えるのは十分ではなく、眼前にいる患者さんが誰なのかを別の方法で確認すべきであった。
事の発端は、ホールで人を取り違えたことであるから、ここで医師が気づかなかったことを問題にする必要があるのかと思われるかもしれない。しかし、ヒューマンエラーの防止で大事なのは、エラーが起こっても、その後に誰かが気づき、事故に至らないようにすることである。異なる手術がされてしまった
結果的にそのまま手術をしてしまった。A さんではなく、肺の手術の予定であったB さんに対して、心臓の手術をしてしまったのである。そして、心臓の手術の予定であったA さんには肺の手術がなされてしまった。
途中、B さんに対しては自己血の輸血がなされた。手術中に輸血する場合、他人の血液ではなく、手術前に自分の血液をとっておいてそれを輸血するということである。ただし、B さんはA さんだと思われていたので、実際に輸血されたのはA さんの血液だった。幸いA さんとB さんの血液型が同じだったので、問題はなかった。
手術後、集中治療室に二人が移されたのが午後4時頃であった。そこでAさんと思われているB さんの体重が測定され、その結果を見たA さんの主治医が、見込んでいた体重と異なることを不審に思った。体重を測定されたのがA さんではなくB さんだからである。
集中治療室の医師は、患者が入れ替わっているのではないかと思い、隣りのベッドの患者さん(実はA さん)に「B さん」と呼びかけたところ、「はい」と返事が返ってきた。「お名前は何ですか?」と続けて聞いたところ、「Aです」との答えが返ってきた。ここではじめて患者が入れ替わっていたことに気づいたのである。
複数のエラーが生じて事故に至る
ここで紹介した事例は特別な事例のように感じる。確かに患者さんを間違えて異なった手術をしてしまうようなことは滅多に生じるものではない。ただし、ここで生じた個々のエラーは特別なことではなく、どのような場面でも生じうるエラーである。ただし、そのエラーの結果が異なった手術をしてしまったということでセンセーショナルに報道等にも取り上げられた。ここで大事なことは、ひとつひとつのエラーはどこにでも起こりうることであって、そのエラーが複数生じてしまうことによって、大きな事故になってしまうということである。
私たちの判断や行動は完璧ではないし、利用している機器やシステムも完璧ではない。どこかに必ず穴がある。小さなミスはいつも起こっている。通常、仕事はひとつの行動だけで終わりではなく、一連の行動の流れでひとつの仕事が完結する。個々の行動場面ではミスをする可能性を常に秘めている。
ただし、どこかの場面でミスに気づけば事故に至らない、通常はヒューマンエラーが生じても、どこかの場面で気づくことが多く大事に至らない。手術交換ホールで間違っても、手術室で気づけば間違った手術は防ぐことができた。
言い換えると、事故になった場合というのは、複数の場面でヒューマンエラーが重なってしまって、誰も気づかないままになった場合である。
どうすべきだったか
このような事故が起こらないように、どうすべきだったのか。ヒューマンエラーを無くすことが大事だが、ヒューマンエラーを完全になくすことはできない。エラーが生じても事故に至らないようにすることを考えなければならない。先に述べたように、通常はどこかでエラーが生じても、それをリカバリーされることが多い。交換ホールで患者を間違えても、手術室で気づけば大事には至らなかった。気づく手がかり、気づく行動がいくつもあったのに、それらがすべてうまくいかなかったがために事故になってしまった。確認の徹底ができるか?
この事例の場合、明確な患者確認を行っていない。看護師や医師が患者さんに声かけをする場面が何度もあったが、会話の中の一部で患者さんの名前を呼んでいるだけであって、確認を目的としたものではなかった。確認をしっかり行うことが必要である。
ただし、会話の中でみられたようにB さんに対して「A さん」と声かけられても、B さんは違う名前で呼ばれたことに否定しておらず、口頭の確認だけでは徹底しない。口頭の確認だけで「しっかり確認」を求めることは難しいのである。
確認しやすい工夫を
そこで人間の努力に求めるのではなく、確認しやすいような仕組みを作ることが望まれる。そのひとつの方法は、リストバンドである。入院する患者さんに氏名が書かれたリストバンドをしてもらうと確認はすぐできる。また、現在行われているように、患者さん自ら自分のフルネームを名乗ってもらうことでより確実に患者さんの確認ができる。この事故で患者の入れ替わりに気づいたのが集中治療室であったが、その際、「B さん」と声かけしても「はい」との返答がありわからなかった。自ら名乗ってもらって「A です」と言われてはじめて入れ替わりに気づいたのであった。
事前に患者の確認を
手術室の医療スタッフの多くは患者さんのことをほとんど知らなかった。患者さんのことを知っていれば、患者が間違っていることに気づいたはずである。麻酔開始前に主治医と執刀医が患者確認を行うことが多いが、この病院ではルール化されていなかった。主治医は当然患者さんのことを知っているはずだから、間違いに気づいたはずである。
一方、執刀医は手術時が初見であったそうである。事前に患者さんに手術の説明をする決まりになっていなかったようである。主治医が立ち会えない事情があったとしても、事前に手術の説明を行っていれば、患者の間違いに気づいたはずである。
知識がなくてもわかるように
今回の事例の場合、フランドルテープについて知っていれば、患者の間違いに気づいたかもしれない。知識や技術を身につけることは仕事であれば当然のことである。しかし、たとえ仕事の場面であっても、最初は誰もが新人であるし、広範囲の知識やスキルを誰もが身に付けられるわけではない。ここでの事例は医療という仕事の場面ではあるが、日常の生活場面を考えたときに、知識やスキルが求められても困る。
したがって、知識やスキルがなくても正しい判断や行動ができるようなしくみを作ることが大事である。フランドルテープについては、この事故の発生後、メーカーが改善をしてくれた。単なる白いテープであったものを、心臓のマークと製品名が表示されるようになり、知識がない人でもそのテープが何のテープであるのかわかるようになった。
文献
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山内桂子・山内隆久(2000). 医療事故―なぜ起こるのか、どうすれば
防げるのか 朝日新聞社
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横浜市立大学医学部附属病院の医療事故に関する事故調査委員会(1999).
報告書
https://www.yokohama-cu.ac.jp/kaikaku/bk2/bk21.html